塾のブログやホームページを拝見すると、「勉強だけの塾はダメ」とよく目にします。
えっ?塾って勉強をするところでしょう?
塾は勉強を教えるだけではダメ?
「無限の可能性を引き出す」「自ら行動できる」「考える力を養う」「社会に通用する人間を育てる」「自ら学ぶ姿勢が身につく」「人間性を豊かにする」「人間力を磨く」「礼儀を重んじる」…
色々な塾のホームページで、書かれている言葉です。ものすごく立派で、素晴らしいことですが、塾で求められていることなんでしょうか。
もちろん、勉強して成績を上げるには、努力も必要ですし、自分で考えることも必要です。勉強の姿勢も、性格もまじめでなければ、できないでしょう。
ただ、勉強と性格は関係ない気もしますが。同じように勉強と人間性も。勉強ができる人が、人間性が優れているとも言い切れません。
さらに、塾で成績を上げて、志望校に合格すれば、無限の可能性も広がるでしょう。そして、社会で活躍できる確率も上がります。それは結果であって、目的ではありません。
「勉強だけの塾はダメ」とブログを書かれた方も、それらの美辞麗句だけで、成績が上がらなければ塾としてはいけないとコメントしています。何か主張が違うような。そして、結論出ています。
今回のテーマは無意味だったかも…。というのも、改めて色々な塾のホームページを見ますと、そういったことを書いている塾は少ないですね。昔に比べて、減ったような気もします。純粋に塾の学習について書いてあります。当たり前か…
志のない塾はダメ?
さらに、そのブログでは「志のない塾はダメ」とありました。どういうことでしょうか?
定期テストの点数を上げるには、学校のワークやプリントをコピーして、何度もくり返してすれば、ある程度の成果がある。しかし、この誰でもできることを塾でするのは、プロとして「志が低い」そうです。
このやり方で、思いっきり心当たりがあります。昔勤めていた塾がそうでした。そこに加えて、過去問をひたすら解きます。
学校のワークを塾でするのは、確かに初めてで、どうなのか疑問はありました。それは、自宅で生徒自身がすべきとも言えます。しかし、成績を上げるための方法の一つで、非難するのもおかしいような…。
まあ誰でもできるというか、やろうとは思いませんけど。ただし、禁止されていないですからね。過去問も嫌う塾の先生が多いですが、私は別にいいと思います。
極端な話、学校の宿題を塾でして、月謝をとるのはおかしいでしょうという話です。それは、志以前ですね。
何かものすごくプライドが高いんでしょうか。学校のプリントを塾でするのが素人でプロでない、は一個人の価値観に過ぎません。気位を高く持って、仕事をするのは立派ですけど。
塾の先生って、そんなに立派?
子供たちに接する大人の一人として、塾でも教えるべきことはあるでしょう。礼儀とか挨拶もそうですし、おしゃべりをして他の生徒のじゃまをするとか論外です。そして、欠席や遅刻もそうです。
それは、他の習い事などすべてそうでしょう。塾の仕事は、広い意味で教育です。ただ、塾が教育産業というのに、縛られ過ぎている気はします。
月謝を頂いて、成績を上げる、志望校に合格する。それが、塾の仕事です。
私も含めて、塾の先生って、そんな偉そうにものを言えるような立派な人間でしょうか。私自身は、どうやったら成績上がるか、問題が解けるようになるか、覚えられるようになるか、日々格闘しています。
志低いですね。少し反省します。
