疑問を持つ

様々な場面で「疑問を持つ」ことが、学力がつくかどうかの分かれ目に感じます。

国語ができるようになるには、まず語彙力が必要です。読解問題を解く解き方は、まず読めることが前提です。また、速読の技術的なことも、言葉の意味が分からないとあまり効果がありません。

例えば、文章を読んでいる時に、意味が分からない言葉が出てきます。読書として楽しむのなら、読み飛ばしても支障はないです。しかし、語彙力をつけるには調べるべきです。

今は、スマホで簡単に調べることができます。言葉の意味だけでなく、他の教科でも、検索して調べられます。

もちろん、昔ながらに辞書を引くのも効果的です。その言葉の意味だけでなく、その周辺に書いていることも目に入り、自然と頭に入ります。電子辞書と比べて、紙辞書がいいのは、その点です。

また、理科社会は、教科書ではなく、参考書で調べるといいです。教科書でもいいのですが、参考書の方が調べやすく、説明もわかりやすいです。その参考書で何度も調べると、身に付きやすいです。

「疑問に持ち」調べる。ただ、毎回調べるのは面倒で時間もかかります。効率もよくないです。しかし、知りたいと思い、調べて知るのは勉強の基本です。

そもそも「疑問をもたない」生徒さんが多いように思います。勉強は面白くなく、興味がないのでしょう。やらされている感も強いのでしょう。無の境地で修行のように、勉強に取り組んでいますが、身に付きません。

なぜ、そうなるのか? この2つは何が違うのか? 「疑問を持ち」考えるかどうか。これが、勉強ができるかどうかの差を生みます。それを、地頭がいい、能力が違うと言い訳にしていませんか?

全ての教科の基本は「疑問」から始まるのではないでしょうか。