授業を受ける

今回は「授業を受ける」です。

塾では、一斉授業や個別指導で「授業」が行われます。

塾講師が授業を行い、生徒が授業を受けます。

私自身は授業をする側ですが、ふと逆に受ける立場ならどうかと考えます。

すると、大きな違和感があります。そして、そこから、どのように「授業」をするか考えさせられます。

一斉授業を受ける

私自身は、学校の一斉授業を受けてきました。塾、予備校もわずかな期間でしたが、一斉授業です。

先生の話を聞いて、板書をノートに写します。

その多くの授業を、真面目に受けていませんでした。

まず、人の話を聞くのが嫌で苦痛でした。聞いても分かりません。

そもそも話した言葉は、宙に消えて残りません。たまに分かろうとしても、次に進みます。

板書も、写すのが面倒です。ノートに写すのに必死で、同時に理解するのが苦行でした。

最近受けた授業が、免許更新での講習でした。

ノートは取りませんが、解説が超絶下手でしんどかったです。

今まで見た塾講師でも、授業がへたくそな人は山ほどいます。というか、聞くに堪えられるのはわずかです。

よって、私自身の一斉授業も同じで考えさせられます。

個別指導の授業

さて、問題はこちらの方です。

私は、小中の一斉授業を長年してきました。また、高校数学、化学の一斉授業もしました。

そして、個別指導も数多くしました。1対2はもちろん、今現在も個別に解説授業をします。

さて、何が問題かというと、私自身が個別指導を受けたことがないことです。

世代的なこともあります。個別指導は比較的新しい指導です。

受けたことがない授業を自分がする。そのことに違和感があります。

本音を言うと、私が生徒なら、講師との距離が近くてキモいと感じます。うっとおしい。一々説明いらないし、くどい。自分で考えるか、答えを見れば分かります。

それを、一々高い月謝払って、個別指導?

家庭教師も同様です。高校生の時に、一度だけ東大生の家庭教師が来ました。嫌だったので、数学の難しい問題を質問攻めにして「こんなんも分からないんですか」と拒否しました。

1日で自信喪失で去りました。数学がかなり得意だった私に、何を教える気だったのでしょうか。

そして、逆の立場になります。

今授業をする立場で、生徒と意識的に距離を置こうとしています。近すぎない、教えすぎない、べたつかない…。

授業は分からないが前提

以上から、私自身がしている授業は、生徒は分からないことを前提にします。

違う言い方をすると、分かった気にはなるが、できるようになるかは別。

授業は半ばパフォーマンスです。

そこで、生徒が分かったと感じることは大事ではあります。

面白い、勉強する気になる、楽しい。そういった感情を引き起こすのも、塾の役割です。

しかし、勉強は別です。

余計な説明はしない。生徒が考えて勉強する。覚える、解くを塾でする。できるか確認する。

私の授業では、よりいらないことを削ぎ落とそうとします。

目先を変える「パフォーマンス」としての授業はします。しかし、よりシンプルに行います。

説明は簡潔に。何ならしない。生徒が、テキストの解説を読んで、理解する方がはるかにいいです。

まあ、究極は、塾で勉強する場を与える。私は教えない、です。