自分の頭で考える~続々

「自分の頭で考える」第3弾です。前回「考える」=「勉強する」と発見しました。

考える力をつける=塾で勉強して力をつける。凄そうなことですが、当たり前のことでした。

考えるの意味…「身につけた知識と経験に基づいて、筋道を立てて解決していく」

「知識と経験を身につける」のも、「それに基づいて筋道を立てて、問題を解けるようにする」。ともに勉強の要素であり、塾ですることです。

「自分の頭で考える」ことはできる?

以前勤めていた塾で、教えるな、考えさせろと、トラウマになるくらい先輩講師に叱責されました。

もちろん、分かります。手取り足取り教えても、解けるようにはなりません。

しかし、考える元になる知識がないのに、考えることができる?  習ったばかりで、解き方も分からないのに、解けるのか? 分からない、解けないから塾に来てるんだろう。それが、私の本音です。

例えば、野球をする場合に、キャッチボールや素振りなどの基本トレーニングからしますよね。道具を与えて、「はい、自由に好きにやって。自分で考えて。」ではできません。

勉強も同じです。まず、知識や経験を身につけることから始めます。そして、何度も繰り返して練習することで、力をつけていきます。

「自分で考える」「自主的に勉強する」「自立する」は、特に中学生以下ではいきなりは難しいと思います。厳しい管理の下で、力をつけることで、本当の意味での自主性が育つのではないでしょうか。

※ そう言うと、スポーツでもそうですが、昭和的なスパルタ教育は古いとなります。行き過ぎた詰め込みは、確かに弊害を生みます。

「自分の頭で考える」は目的?結果そうなる?

勉強そのものは、「自分で考える」ことができる人間を育てることが目標でしょう。ただ、それは学校の役割だと思います。

塾はどうでしょうか?

あくまで「成績を上げる」のが塾の仕事です。塾での指導を通じて、「考える力がつく」ことはあるでしょう。ただ、それが目的だとするのは、何か違う気がします。

もちろん、自分で解けるようにします。それは当たり前のことで、大げさに「考える力」は少し誇張しています。

ここ数年、自立型学習塾が増えてきました。私も何度か取り上げましたが、きちんと管理するなら大賛成です。塾で従来の指導をするのは、もう時代遅れになると感じます。

自立型、自習型など

「自分で考えるように」するのが目的なら、それは十分ありです。さらに、成績がそれにより上がるなら、言うことはありません。ただ、それで「自立」できたら、自分で勉強すればいいので、塾は必要ないから、塾は卒業ですね。

「自分の頭で考えさせて」「自主的にする」ように取られがちですが、それは誤解を招きます。HPにそれらの言葉を使ったり、「自立型」「自習型」と名がつく塾では、当然そうできるように徹底的に管理しているはずです。何か矛盾しているような…。

結論?

一応、結論らしいことにたどりつきました。かなり優秀な生徒さん、高校生にもなると、「自分の頭で考えて」「自主的に」勉強できます。

しかし、大多数の場合、強制的に勉強しないとしませんし、できません。そのために塾が必要とされます。もちろん、塾である必要はないのですが。

「自分の頭で考える」には、そこに至るまでの、基本の理解、習得、練習による定着が必要です。それを、自主的に、自立してするのは難しいでのはないでしょうか?

※ 繰り返しますが、個人的な考えです。「考える力をつける」塾は素晴らしいです。私にはできませんから。また、自立型の塾も、きっちり管理して指導するなら、大賛成です。私はしませんが。決して、皮肉ではないです。

さて「考える」に、「新しいことを工夫して生み出す」とあります。この点は、塾ではどうなんでしょうか?

また、塾での学習が「考える力」を奪う弊害になるのか? それらの点は、次回補足として書きます。