気合いが足りない

最近、「気合いが足りない」と感じます。年をとって、パワーがなくなったのか、変に落ち着いてしまいます。これでは、塾の仕事を果たせないと危機感があります。

成績は上がったけれども…

前回、中2~中3の期末テストは、その前の学年末テストから上がりました。5教科の順位で、全員です。

しかし、10位~20位程度では、上がったとは言えません。塾に来て、勉強するようになり、上がるのは当然と言えます。

当塾で、1日3時間も時間をかけて、これだけ?が正直な評価でしょう。もちろん、私自身も思ったより上がらなくて、反省しました。成績が「爆上がり」でないと、小さな個人塾の意味がないです。

また、中1は最初の定期テストでしたが、全体的に低調な感じでした。テスト対策は機能していたのか、普段の指導が「甘い」のではないかと振り返ります。

このブログでも、偉そうに勉強についてあれこれ書いてます。結局は、勉強は「量」と言いながら、結果を出せないと、清水塾の存在価値はありません。それなら、もっと時間が短くて楽な所で、負担なくすればいいとなります。

夏休み明けのテストは、まだ集計中ですが、その検証と今後について考えます。夏休みは、確かにきつくて、生徒さんも頑張りました。これで成績が出ないなら、100%塾の責任です。

定期テストと診断テスト(実力テスト)は違うとか、すぐに結果はでないとか。いくらでも言えますが、それはすべて言い逃れです。もちろん、これから先をどうするかが最優先です。しかし、強制力が足りません。

塾では、勉強をさせる「強制力」が必要

私自身の慢心か、だらけているのか、それほど学習量や定着の度合いが良くないと感じます。これは、中学生に限りません。小学生も、高校生も根本は同じです。

どんなに分かりやすく、懇切丁寧に教えても、何度やってもできないときがあります。「覚えなければならない」「解けるようにならなければいけない」という緊張感、切迫感がありません。

それは、指導者である私が、甘く、できなくても「いいよ、次は解こう」と危機感がないからです。いえ、もちろん真剣に指導していますが、まだまだ甘いんだと思います。そして、子供たちにそれが伝わってしまいます。

かつては、こんなことはなかったです。今は、塾を経営しているので、きつく言うと辞められると保身に入っているのでしょうか。そうだとしても、結局は成果を出せず、塾は成立せず、どのみち潰れることになります。

そんな根本的なことは、百も承知で、諸先輩方にも、何度も叱責を受けたことです。生徒さんを多く集めている塾の、塾長や室長にこんな「甘い」人間はいません。いても、生徒数が多いのは一時のことで、すぐ減るのを何度も目撃しました。

もう一度、目の前の生徒に対して、すべき仕事を果たそう。すなわち、初心に帰ろうと誓います。

厳しい言葉も必要

優しいだけでは、学習量も、定着も上がりません。特に、今は生徒さんも多くなく、自分のペースで解きがちです。そのスピードをも管理して、強制するのが塾講師の仕事です。

多少の知識、わかりやすさ、うまい指導法、ちょっとした勉強法など、たいしたことではない。「勉強させられるかどうか」「成果を上げられるか」をクリアしてこそ、偉そうに言う資格があります。

もちろん、今の時代では、体罰は当然アウトですし、きつい言葉もパワハラになります。いまだに半ば威嚇するような言動を厳しさと勘違いして、指導している塾もあります。

しかし、それでも私は、きつい言葉をぶつけます。言わないとしませんし、いつまでたってもできるようになりません。

とある塾のブログで「怒鳴る指導」はダメの記事を読みました。もちろん、そうですが、それを読んで、何か違和感を感じます。

そもそも「怒鳴る」のがアウトを記事にするのも、そこにトラウマがあるのでしょうか。別の言い方をすると、「叱る」「きつめに言う」ともなります。しかし、やさしい言葉だけで、できるようになるのでしょうか?

それとも、それでできる優秀でまじめな生徒だけを見る?

その塾を非難する気は毛頭ありません。素晴らしい信念ですし、誠実だと感じます。ただ、何となく私自身と似た「甘さ」を感じてしまいます。そして、個別で、見れる生徒を見ようと。それは、決して悪いことではありません。

私自身は、もう一度「厳しさ」に向き合って、逃げないようにします。