一斉授業の経験

今回は、私の塾での「一斉授業の経験」です。個別指導も含めて、塾で色々な指導をしました。その中で、一斉授業も数多くしました。

今現在は、その長年してきた一斉授業はしていません。個人的なことですが、何となく振り返ってみたくなりました。

公立小中対象の一斉授業時代

25歳から10年と少し、私は、公立小中学生対象の塾で働きました。授業形式は一斉授業です。何の迷いもなく、小4~中3まで学年ごとに、ホワイトボードに板書して授業をしました。

その前は、個別指導塾で働いていましたが、個別など他の指導は一切しませんでした。教室に1人で入り、全て私1人で授業して指導します。そこの塾は2教室ありましたが、ほぼ完全に教室を任されていました。

一斉授業の仕方は、塾長の授業を何回か見て、一度私がするのを見てもらいました。初めは、頭が真っ白で、何をしていたのか覚えていません。

特に、授業の仕方を教えてもらうことはなかったですし、聞くこともなかったです。技術的なことは、立つ場所だけです。

ですから、学校の先生用の授業の仕方の本で勉強しました。今なら、動画やネットで勉強できていいですね。

一斉授業にこだわった「暗黒期」

その十数年間は、私にとって「暗黒期」です。自己満足な一斉授業と、ムダな教材研究に時間を費やしてしまいます。ほぼ一人でしたので、独りよがりで癖の強い授業でした。

それは、生徒の前でするパフォーマンスに過ぎません。しかも、それでうまい授業ができたわけでもないです。もちろん、それがすべてムダではなく、後々に生きることもあります。

ただ、目の前の生徒を置き去りにして、塾本来の仕事ができたのか疑問です。

何千回と授業をしましたが、一度も満足がいく授業ができたことがないです。それは、当然のことです。私自身が満足しても意味はなく、生徒を伸ばせられるかどうかですから。

企業塾での一斉授業

それから、別の塾で働き、そこでも一斉授業をします。小さい塾でしたが、企業的できちんとする塾でした。

そこでは、癖のある私の授業は酷評されます。何が悪いのかよくわかりませんが、癖の強い私の授業は直らないとも言われます。

具体的にこれがだめと言われるのですが、よく分からない価値観で戸惑いました。ある事柄について、このやり方も知らないのかと馬鹿にされます。しかし、それを知っているとか人ぞれぞれです。

そこの塾の授業は企業的というか、型通りにすすめていく感じでした。それまでしていた私の授業とは、対極にあるような気がしました。そこで直そうとかは思いませんでしたが、色々な考え方があるのだなと感じます。

いくつかの塾で

塾により様々で、その後いくつかの塾での評価もばらばらでした。絶賛されるか、罵倒されるかでしたね。やっぱり、癖が強いんだなと自覚します。

塾の一斉授業がこうあるべき、というものがありません。各々の塾で作り上げて、試行錯誤しています。

私は、一斉授業への興味を失っていきます。指導形態ではなく、どうすれば成果が出せるかを考え始めます。

中小の塾で働いてきて、一斉授業1つとっても様々です。そこで働く塾講師も様々です。若い新人がすばらしい授業をして驚くこともあれば、何十年としてきたベテランがひどい授業をすることもあります。そして、その良し悪しを決める基準もないです。

私も含めて、あくまで個人の主観で判断します。

一斉授業がムダではない

しかし、私がしてきた一斉授業が、全てムダとは思いません。まず、一斉授業をするには、技術もいるし、体力と気力も必要です。多くの生徒を目の前にして授業をするのは、大変なことです。

塾で働くなら、一斉授業は経験すべきです。特に独立して、塾をされる場合に、大きな財産になります。いくら個別指導が主流とはいえ、個別指導でのスキルとは全く違います。

十数年「一斉授業」をくりかえした日々は、長い修業期間だったと思います。今は一斉か個別は気にせずしています。ただ、昔のように、40分1コマの一斉授業をしてみたくなります。

一斉授業の細かい技術については、またの機会で触れたいと思います。癖が強く邪道な私だからこそ、参考になることもあるかも知れません。

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