今回は「塾で見てくれない」です。
転塾される方から、前の塾は「よく見てくれない」と聞きます。これはどういうことでしょうか?
当塾でも、よく見てもらえないという印象を与えている可能性はあります。
塾がいいかの判断で、塾を変わる、塾を変えないの最大のポイントが、ここにあると最近感じます。
もちろん、「成績を上げる」が塾の至上命令です。そして、そこに絡んで、生徒をよく見るということが、大事になってきています。
よく見るとは?
一人一人を指導する、懇切丁寧な指導
塾でよく見るというと、一人一人にわからないところを丁寧に指導するという印象です。
生徒がわからなかったら、わかるまで説明する。横について、一緒に解く。そういった懇切丁寧な指導です。
わからないところがあっても、聞きにくいと「見てもらえない」という印象を与えます。わからなかったら塾の先生に聞けと言われても、聞ける状況なのか。講師がアンテナをはって、生徒の疑問に対応できているのか。
それは、集団指導でも言えますが、個別指導はそこが強いはずです。
しかし、最近、個別指導塾で「よく見てもらえない」と聞きます。目の前の問題を解けるかどうかとは、また違う面でしょうか。
生徒を責任もって指導する
先程の、生徒に寄り添って、一人一人をこまめに指導する。これも大事なことです。ですから、個別指導塾が増えているのも当然です。
しかし、長く通っているけど、成績が上がらない…いえ下がっていると聞きます。そして、通っていても意味ないとさえも。
成績ももちろんあるのですが、これを聞いて、さらに重大なことがあるのだと感じます。「見てもらえていない」と思わせる、それってどういうことなのか。
それこそ、文字通り、目の前の生徒を見ていないのではないか。
目の前の問題が解けるかどうか、わかるかどうかの奥に、なぜできないのか。何をすればいいのか。それを考えて、実践できていないのか。
また、していても、生徒を巻き込んでいないのではないか。…ちょっと高度ですが、塾で一番重要なことだと感じます。
本当の意味で「よく見る」とは
では、私自身、生徒をよく見ているのかどうか。偉そうに言ってきましたが、できているかどうか分かりません。
当塾は、個別指導塾ではなく、集団指導ですから(高校生は個別指導ですが、1対複数です)、一人一人にべったりにはできません。
しかし、よく見るというのは、そういう意味だけではありません。
それは、保護者の方も、理解されている場合が多いです。また、中学生でさえも、それではできるようにならないと気づきます。
厳しい勉強を強制して、管理して、成績を上げる面も含めて、広い意味で「よく見る」のだと思います。
ただし、時代の流れとして、一人一人を丁寧に指導する側面も必要です。全員一律で、スパルタで「きつい」塾は、敬遠されがちです。
それらのバランスを保ち、生徒一人一人を見れているのか。それができるかどうかが、今後の私の課題と肝に銘じます。
…今回は、わかりにくい内容になってしまいました。
集団指導は厳しすぎてきついとしても、私自身きつめのことも言います。優しくしても、成績は上がりません。
あの先生は優しいけど、できるようにならないと生徒も口にします。保護者からの声も、これまで何度も聞きました。
ただ、個別指導塾で見てもらえないというのが驚きでした。もちろん、一部の塾のことで、多くの個別指導塾は、生徒をよく見ているはずです。
どうやったら伸ばせるのかと、生徒を絶えず見ているつもりです。

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