塾で見てくれない・補足

今回は「塾で見てくれない・補足」です。

前回が抽象的でわかりにくかったのと、具体的な「よく見る」がなかったので補足します。

塾で見てくれない

懇切丁寧に教える=よく見る?

塾は勉強を教えるところです。

分からないところを懇切丁寧に教えることは、基本です。特に個別指導塾では、高い月謝を頂くわけですから、一人一人を見ることは必須です。

確かに、教えすぎるとできるようにならない、自分で考える力がつかないなど弊害はあります。指導の仕方や、定着するよう指導の工夫は必要です。

しかし、塾ではまず分かることが最低限必要です。

塾に通って、習っていることが分かるかどうか。これは、生徒も保護者も強く意識しています。

親御さんは「分からないことがあれば塾で聞きなさい」と言います。聞ける体制があるのか、実際に指導で「わかる」ようにできているか。

これは、まだ「よく見る」まで行っていないですね。スタートラインです。

教えず放置は、見ていない

先程の「懇切丁寧」教えるのは、多くの塾や塾講師で、教えすぎはよくないとされます。

確かに、何もかも全部教えると、自力で解けなくなることもあります。

しかし、だからといって「教えない」となると、放置ととられかねません。

「自立学習」「自律学習」「自習型」など、様々な形があります。生徒自身が自ら勉強すべきなのは当然です。

ただ、一歩間違うと、自習と変わらないとなります。塾や塾講師が、生徒の指導にかかわり、生徒(保護者)が見てもらっていると感じなくてはいけません。

勉強だけを見るのはダメ?

塾は勉強を指導するところです。しかし、勉強だけを見て、生徒を見ないと、不信感を与えかねません。

塾講師は、何コマもの授業をして大変です。しかし、受け取るのは生徒という人間で、そこを軽視しかねません。

目の前の生徒が、理解できているのか、定着はどれくらいか、学力は、現地点での成績は、志望校は、性格は…。そういったことを知ろうともせず、授業をしても、ロボット相手に投げているだけです。

レベルの高い講義を提供するのであれば、価値はあると思います。予備校形式の一方的な授業です。

しかし、生徒をよく見るとうたう塾ならば、そういうわけにはいきません。

サービス業…人として、よく見る

たとえ集団指導で多くの生徒がいても、同じだと思います。

少なくとも勉強に関しては、生徒のことを見て知るべきです。その知ろうとする行動が、生徒と関わることになり、「見てもらっている」という印象を与えます。

勤めていた塾で、たとえ不合格だとしても生徒をよく見ろと言われました。この言葉は結構きつい言葉で、塾がサービス業だということをよく表しています。

もちろん、合格を目指します。それが仕事です。

合格してもあまり見てもらえなかったと感じる。一方で、不合格だったがよく見てもらえたと感謝される。この差は何なのでしょう。

例えば、具体的に言うと、担当の生徒の成績を知っていますか。中学生なら定期テストの点数、順位を言えますか。

即答できないなら、それは生徒に関心がないということです。そして、その無関心は生徒に伝わっています。

あくまでも勉強に関係してです。性格や部活をしているかなども勉強に関わります。

生徒とコミュニケーションをとるのも必要ですが、おしゃべりをして仲良くなるという意味ではないです。

伝わらないと無意味

①  生徒のことをよく見ている、と感じてもらえる。

②  生徒のことがよくわかっている、と感じてもらえる。

集団指導でも一人一人を把握している場合もあれば、個別で目の前にいるのに生徒を見ていないこともあります。

わざわざ塾まで足を運ぶのが、どれだけ負担を強いることか。

見てもらえないなら行きたくなくなります。しかし、逆もしかりです。きちんと見てもらえるから、しんどいけど通おうかとなります。