授業力を追い求めた頃①

今回は「授業力を追い求めた頃①」です。

私個人の昔話です。

25歳から40前まで、公立小中一斉授業に取り組んだ哀れな塾講師のお話です。

一斉授業に取り組む

時は平成〇年、私はいきなり塾で授業をすることになります。生徒は15人程。

今でも忘れません。中2英語の受動態。途中から頭真っ白になり、何をしたのか覚えていません。

2,3回塾長の授業を見学したあと、「じゃあ授業してみようか」でデビューです。

授業後、塾長「52点」。2点は熱意があったからだそうです。

そこから、私は一斉授業にはまっていきます。それが、後の塾講師人生に大きく影を落とすとは、そのときは知るよしもありません。

一斉授業の技術を身につける

さて、そこから数年、私は一斉授業の技術を身につけることに執着します。

教えてもらったことは、ただ一つだけ。板書をするときは、向かって右側に立つ。それだけです。

当時はネットもありません。今はいい時代ですね。調べれば動画で、授業の仕方など簡単に分かります。

ですから、学校の先生用の本で勉強しました。それを見ながら、日々実戦していきます。

当時、社員として塾に勤めていて、新しく開校する教室に私一人が入りました。そして、全授業を私がすべてします。

説明の仕方、板書の仕方、授業準備、プリントなどの教材、発問の仕方、発声の仕方、授業の流れ、生徒の管理…

様々なことを私自身一人で、勉強して試して修正しての日々でした。

ちなみに、授業を塾長や他の人に見てもらう、または、人の授業を見るということを全くしませんでした。

録音機で自分の授業を録音し、授業がどうだったか検証しました。

今でしたら、簡単に動画を撮れますし、他の人の授業も動画で見ることができます。今の人が羨ましいです。

独りよがりの自己満足

さて、その一斉授業マニアが数年、そして十数年続きます。

その結果どうなったか。

独りよがりの自己満足でした。

授業だけでなく、莫大な時間をかけて、テストやプリントを作成します。

導入プリントを、中学数学、理科、社会…と全部作成して、英語の単語テスト、トレーニングなども作ります。さらに、中学の理科社会全範囲の総復習まとめも作成。

大半が手書きでした。

当時の塾長が、「授業は演じる」と言っていました。それを真に受けた結果、ただのパフォーマンスでしかありません。

ただ、それらが全く無駄とは言えません(言いたくないだけですが)。若い時に、そうやってバカみたいに取り組んだことは、今に生きてはいます。

しかし、…

そう後悔する理由は明白です。自己満足で、生徒をおきざりにしていたからです。授業をして、生徒の反応、受けを気にしていてだけです。

そして、単純に生徒数が頭打ちになります。塾を仕事としていて、生徒を集められないとか致命的です。

40歳手前で、気づくとその状況です。そして、絶望して、その塾を退職します。

 

今回はここまでです。

さて、一斉授業に取りつかれた私はその後どうなったのでしょうか。

乞うご期待。

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