教育と営業の両立

教育と営業の両立

今回は「教育と営業の両立」です。

昔、勤めていた塾で「教育的なきれいごとをごちゃごちゃ言わず、生徒を集めろ」という上からの通達がありました。

それを聞いて、当時の私は「教育的」って何?と戸惑います。

教室長だった自分は、成績上げて、合格して、生徒数を増やすことだけ考えていました。

つまり「営業」です。

自分自身がどうしたいとか教育理念はありません。

塾って教育?

塾が教育産業なのは承知です。

成績を上げる、志望校に合格するまでの方法論は、様々な考え方があると思います。

しかし、立派な人間を育てようととか崇高な発想はないです。それに指導の方法が、教育的にいいか悪いかとか考えません。

塾のホームページには、各塾の教育理念が語られています。それは、お飾りのような常套文句だと思っていました。

「教育」的な考えに毒された?

しかし、最近、何か教育的な理念をもって取り組むべきだと考えている…ような。

ブログで多くの記事を書いているうちに、勉強の仕方がどうとか、学力をつけるには…など。頭でっかちで、あれこれと考えてしまいます。

例えば、生徒自からすすんで考えて勉強すべき。

それが正しいのは当然で、理想的です。しかし、その考えに毒されて、生徒に任せて「自主性」とか言い出すと、学習の負荷が軽くなり成果が出ません。

強制的に勉強をさせるのが塾で、最近のほめてのばすとか、一人一人によりそうとかの風潮に惑わされている?

※  それらの考えが正しく、実践することを否定はしません。どっちがいいかではなく、臨機応変に対応すべきです。

塾は教育理念が必要?

また、色々な塾のホームページやブログ、X(旧ツイッター) など拝見する機会が増えました。

その時、様々な教育理念に触れて、すごいなと感心します。それに対して、私自身はそんな素晴らしい考えがない塾屋で、反省することもあります。

そういう塾や先生方は、皮肉でなく、すばらしいと思います。

そして、私自身ももっと広い視野で、崇高な理念を持ち、立派な教育をすべき…で

ホームページに冒頭に書こうとしたのですが、書けませんでした(悲)。

「教育…ある人間を望ましい姿に変化させるために、身心両面にわたって、意図的、計画的に働きかけること。」

そんな大それたこと…

生徒がいなければ始まらない

どんな立派な教育論を持っていても、目の前に生徒がいないと机上の空論…

この言葉は、今まで何度も至るところで耳にしました。

その通りだと思います。

もちろん、すばらしい授業をして、それが必要とされるなら塾は成立します。

ターゲットを絞って、得意な分野で勝負することも十分可能です。それでも、集客という営業からは逃れられません。

今まで、多くの塾講師が思っていたのと違う、自分の思い通りにできないと、退職または塾を閉めるのを数多く目にしました。

そして、今自分自身でも考えます。私自身は、個人的にこうしたいという教育理念はほぼないです。

しかし、それも持たないといけないのかなと最近考えます。

どちらかというと、実際にしっかり勉強するという姿勢を身に付けるという感じでしょうか。ですから、できていない場合、宿題を出したり、何度もしたり…とより実践的にいきます。