今回は、少し重たく、わかりにくい話です。人は人を「無意識に見下す」ことがあります。塾では、そこに学歴が多くかかわります。
※ 私の独断と偏見ですが、私自身がそうだったのと、他の人がそうだったのを見ました。
塾講師の学歴マウント、学歴コンプ
塾講師には、学歴を気にするケースが多いです。高学歴で塾講師になる人も多く、塾講師で先生と呼ばれる立場になり、一定の納得感を得ます。
そして、本人が意識しないところで、他の講師や生徒を見下すというか、少し下に見てしまう傾向があります。かつての私もそうでした。
どこかで高学歴の自分を過大評価して、塾で働きながら、こんなはずでなかったと引きずります。また、生徒に対しても、なぜできないのかとストレスを感じます。そして、その思いは、敏感な子供たちは鋭く察知されます。
また、逆の感じで、学歴コンプレックスを抱えた塾講師も多くいます。学生の時に勉強すれば、もっといい大学に行けたと勘違いしたまま、塾の業界にいます。その矛先は、さらに学歴が下に向きます。
やっかいなのは、無意識で見下すことです。かつての私がそうで、指摘されたときは分かりませんでした。また、そういう人を見て、痛々しかったこともあります。
私自身が指摘された例
勤めていた塾で、高校部の責任者でした。高3の生徒が退塾します。そのとき、その生徒や保護者を見下していると、かなりきつく言われました。
その生徒の高校のレベルが低いからと、ばかにしてきちんと指導していないと言われます。私には寝耳に水で、何を言われているのか分かりませんでした。
保護者からのクレームなのか、具体的に何が悪いのか分かりません。ただ、私が愛光出身だから、生徒たちや保護者に対して上から目線だと言われます。
私自身、愛光出身は口にせず、逆に触れないようにしていました。それは、塾で指導する上で、全く役に立たないからです。その逆で遠ざけていたことが、意識して周りに不快感を与えていたのでしょうか。
他の年配の先生からも、少し言われたことがあり、無意識に見下していたのかと考えます。しかし、当時は何が悪いのかさっぱり分かりませんでした。
ちょっとした言葉遣いや、生徒や保護者への対応に、それが垣間見えたのでしょう。今では、少し分かります。それは、他の人で見たからです。
他の人がそうだったのを見た例
先程とは別の塾です。そこでも、私は高校部の責任者でした。主にA高校の生徒対象でした。そこの塾長は、別のB高校の出身で、A高校よりも偏差値的に上の高校でした。
塾長は私の前の教室の責任者で、指導したり、生徒や保護者と接するのを見ていましたが、ずっと違和感がありました。生徒と友達のように接して、それはそういう方針でいいですし、指導もきちんとしていました。
しかし、何か見下しているような印象を受けます。もちろん、悪気があるわけでなく、無意識だと思います。A高校だからこれくらいでいい、仲良く楽しくていいみたいな感じが、随所ににじみ出ます。
私が責任者になり、生徒から「塾長はB高校が好きだから」「私たちは、B高校と違い軽く扱われている」などと数多く聞きます。そう、生徒たちは、かなり敏感に察知します。
かと言って、立場上私は指摘できませんでした。指摘しても、かつての私同様にぴんと来ないでしょうし、分からないでしょう。
本人が気づかなくても、周りの人から見ると、おかしいことはよくあります。それは、ちょっとした言動に現れます。特に生徒さんは敏感です。
それを防ぐには何が必要でしょうか。やはり、人間的に成長することかと感じます。そして、塾で働く上での覚悟と責任感でしょうか。謙虚さと甘さは違います。

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