塾で勉強の楽しさを伝える

今回は「塾で勉強の楽しさを伝える」です。「塾で勉強方法を教える」と同じく、疑問を感じます。

そもそも、勉強って楽しいの?

私自身、勉強を楽しいと思ったことはないです。得意な数学でさえも、つまらないパズルだなと感じます。

そんな考えでは、子供たちに勉強の楽しさを伝えられない?

勉強が楽しいとはどういうこと?

楽しいとは、「気持ちよく明るい気分で、のびのびと満ち足りた気持ち」という意味です。勉強とはかけ離れたイメージです。

どちらかというと、「面白い」でしょうか。面白いは、「目の前が明るくなるほど心惹かれる様子」です。少し近い感じですが、勉強は明るい?

物事を知って、知的好奇心がくすぐられて、興味を惹かれる。これなら、勉強に近いのではないでしょうか。楽しいは大雑把すぎる気がします。

それでも、勉強が楽しいと思う瞬間を考えてみます。

① 分かって面白い、すっきりする。

② 問題ができてうれしい。達成感がある。ほめられて嬉しい。

③ テストができてうれしい。順位などが良くて優越感が得られる。

④ 勉強ができて志望校に合格出来てうれしい。

といったところでしょうか。楽しいよりも「うれしい」の感情が多いです。勉強自体はつまらないもので、継続することはきついです。しかし、時おり達成感を得られる。

勉強をしている最中に、継続して楽しいは難しいのではないでしょうか。

楽しいと楽(らく)

私自身、高校生以降は怠けて、まともに勉強をしていません。しかし、超進学校に中高といて、一浪までして大学に進学しています。入れそうな無難な大学にしましたが、入試はそれほど簡単ではありませんでした。

勉強に関しては、それなりに厳しい環境にいて、苦しみました。ですから、勉強が楽しいと聞くと、気分が悪くなります

自身が勉強で困ったから楽しさを伝えると聞くと、そうかなと思います。ただ、一方で、それは勉強で、本当に苦しい思いをして努力した経験があるのかと思ってしまいます。そして、生徒たちに勉強は楽しいと言うのはきれいごとに感じます。

楽しいではなく、楽をしてるだけだろうと思ってしまいます。漢字が同じなのもあり、この二つを混同しているのでは。

もちろん、全て苦しいでは続きません。できる喜びも必要ですし、一瞬の楽しさも必要です。しかし、たまに塾講師が「勉強の楽しさを」と口にするのを目にすると、この人おかしいのかと内心思います。

ああまともに勉強に向き合って、血反吐を吐くような努力はしてないんだな。楽して、逃げてきたんだな…。言い過ぎですね。人それぞれです。

塾で勉強の楽しさを伝える?

と、偉そうなことを言う私ですが、実際に私が指導すると様相が変わります。「楽しい」「分かりやすい」という声が、多く出てしまいます。

私はそれを聞くたびに、もちろん評価して頂いているのですが、自分自身では苦笑します。

甘いんだなと感じます。

勤めていた塾でも、私の指導の甘さを何度も指摘されます。一々説明して教えるな、解かせろと嫌悪感をぶつけられます。その気持ちは分かります。

塾は勉強の楽しさを教えるところではありません。もちろん、楽しい、面白いと思う瞬間は、数多くつくらなければいけません。そうでないと、勉強するモチベーションを保てず、継続しません。

勉強の楽しさを教えるのは、学校の先生の仕事かなと思います。あるいは、教育評論家か。

また、大人になると、知的好奇心もわき、勉強に面白みも感じます。今、教科書を読むと、意外と面白かく感じます。しかし、学生のときはどうでしたか。つまらなかったでしょう。

つまらない。しかし、やらなければならない。ではどうするかとなります。

勉強の過程での楽しさよりも、成果での楽しさが勝ります。できれば嬉しい。テストの順位が良ければ、それを続けようとなります。塾はそれでも勉強を続ける伴走者でありたいものです。