今回は「受け身は危険」です。
依存症
最近、ツイ廃から脱却して、落ち着きを取り戻しました。
その中毒性はどこから来るのでしょうか。
一つは、Twitterで流れるタイムラインを「見てしまう」ことです。
何となく見て、時間があっという間に過ぎます。見るものをこちらが選択するのではなく、流れるものを受け身で受けとります。
その時、自分自身で考えていると錯覚を起こします。特に目的はなく、ただ見る。
ついスマホをいじり、見てしまいます。
また、TikTokもそうですね。次々と流れる動画を、際限なく見てしまう。
これらが依存症です。
自らの意志で、やめることができなくなる。受け身で、自ら判断ができなくなる。制御できなくなる。
勉強も受け身で考えなくなる?
少し飛躍があるかも知れませんが、勉強にも言えるかも。
塾での勉強は、もちろん生徒が考えて勉強しているはずです。
しかし、受け身になり、自らの頭で考えていないのでは?
そして、それで成績もそこそこ上がる。塾の授業も、ある程度分かりやすい。
たいていの塾では、「分かりやすい」説明がなされます。簡単なことをストレートに言えば、わかりやすくなります。
ところが、それが依存症になる恐れもあります。
自ら考えなくても、苦労して勉強しなくても、塾で全部してくれる。
少々表現がきついですね…。
塾での学習は、個人的には懐疑的です。私は古い人間で、「勉強は自分でするもの」という考えは捨てられません。
やらされている勉強は、依存性になります。そして、禁断症状が出ます。
塾の勉強を離れると、自分で勉強できなくなる。イライラして、勉強が苦しくなる。
その結果…
塾に依存
勉強を、塾など他に任せれば、楽とはいえます。行けば、親切に何をすればいいのか教えてくれる。
そして、自ら考えずに取り組むと、勉強は作業になりかねません。
多くの塾で、そのことは百も承知です。すると、教えない、自立させる、考えさせるなど、色々な試みが行われます。
それが、なかなかうまくいきません。塾のサービスとは、ずれてきます。
塾は、勉強して、成績上げて、合格する。そのためにあり、生徒が自ら勉強できるようにすること自体は目的ではありません。
きつい言い方をすると、そういう風に見せて、成功することは多々あります。しかし、それは本当の意味で、勉強は自分でするものとは違うように思います。
※ 塾が悪いわけではありません。塾の「使い方」は考えるべきだし、依存過ぎるのはよくないということです。
