勉強できない子の気持ち

今回は「勉強できない子の気持ち」です。

よく、塾講師が「勉強できない子の気持ちが分かる」ので、いい指導ができると言います。

それは、講師自身が、学生時代に勉強ができなくて、その時の気持ちを共有できるということでしょうか。

また、その子の気持ちが分かったら、指導にどう生きるのでしょうか。逆に、気持ちが分からないと、いい指導はできないのでしょうか。

私自身は、できない子の気持ちは分かりません

しかし、こういう気持ちなんだろうなと推測はできます。これまで、勉強ができない子を数多く見てきました。その苦しみや、やるせなさなどは想像できます。

ただ、私自身は、勉強に関しては強者でした。勉強ができない人の気持ちは、共有できません。

中学から高校にかけて、怠けて学年最下位まで成績は落ちます。勉強が嫌いで、逃げまくって、それでも折り合いをつけて、立ち直ります。

挫折して、苦労しまくって、最終的には国立の医学部に合格します。

勉強ができない苦しみも分かり、そこから努力することを身をもって経験します。できない子の気持ちも分かり、努力すれば達成できます!!

…そんなわけありません。

超進学校で多少さぼっただけで、何の説得力もありません。よく体験談でありますよね。全く勉強できなかったけど、そこから合格できましたと。

いやいや、勉強の強者が、少々おいたをしたくらいで、鵜呑みにしてはいけません。あのビリギャルも、中学校は超進学校です。

「勉強ができない」のは、公立小中学校で成績が下位の話です。

しかし、私もほんの少しは苦しんだので、勉強で苦しむ心理は分かります。その気持ちの共有は、指導でも全く役に立たないことはないです。

気持ちは分からなくても、できるようにできるか

ほんの少しは、気持ちを共有した方がいいかもしれません。

しかし、大事なのはそこではなく、塾講師として、伸ばせられるかどうかです。

私自身、若い時から長年、公立小中学生を指導してきました。学力の差は、上から下まで半端なかったです。

現在では、発達障害とされる場合でも、昔はすべてまとめて指導しました。中学生でも、九九すらできず、定期テストで数学が0点だった生徒も指導しました。その生徒は、何とか30点くらいにはできましたし、高校にも進学しました。

「これくらいのこともできないのか」という接し方では、もちろんダメです。しかし、できないからと同情したり、甘い指導になるのは良くないです。

わかって当たり前で、指導が難しい

これはよくあります。

自分自身が解くときや、学生の時は、当たり前にできたことでも、できないケースは多々あります。

今まで多く指導してきたので、その状況や原因は分かりますし、対応もします。

それでも、どう説明すれば、どうすれば解けるようになるのかと悩むこともあります。

「これくらいのこともわからないのか」は指導者の禁句です。

例えば、高校生の物理化学。私自身、怠けて物理化学は、学生時代苦手でした。しかし、それほど苦労していません。

問題を解くのは、苦労なく簡単だったからです。例えば、小学生の算数の問題は、見たらすぐわかることが多いです。それと同じ感覚です。

それが原因で、どう指導すべきかが難しいです。というデメリットはなくはないです。

 

他の人の気持ちを完全に分かることは、難しいと思います。本当の気持ちは本人にしかわかりません。

少しでも気持ちをわかろうとはすべきでしょう。

そして、そこからどう改善していくのか、示して導くのが塾講師の仕事です。