今回は「勉強は暗記?」です。
勉強は暗記
あくまでも個人的な考えですが、勉強は暗記です。
勉強は覚えるだけでなく、理解することも必要ですし、考えなければなりません。
しかし、その考えることも、覚えたことをもとにして考えます。0の状態から考えることはできません。
例えば、高校数学も暗記だと断言します。問題を解くときに、覚えている解法パターンを組み合わせて考えます。
ただし、広い意味での「暗記」です。
丸暗記でなく、理解をともない身に付けるのも暗記。考える時の考え方も、暗記します。
理解とかいっても、たいして深い理解ではないです。高校までの学習範囲で、根本から完璧に理解は難しいです。
これはこうだからこうと、ある定義に基づいて結びつけます。そのつながりの多くは暗記です。
従来の入試が変わらない限り、もとからあることをなぞり、それを組み立てるのが勉強です。
勉強は「暗記ゲーム」です。
※ 指導要綱が変わり、日本の教育が変わろうとしています。思考力を問う、表現力を問うなど、今過渡期にあります。そうなると、従来の暗記型の勉強では、通用しなくなるでしょう。
理解すべき?
先程言いましたように、完璧に理解することはできません。
多くは、そういうものだと定義されて、それをなぞります。
ただ丸暗記するのでは、すぐに忘れます。覚えて定着させるときに、理解は必要になります。理解というよりも、理屈に近いです。
こうだからこうなると「考える」「理解する」そのことを含めての暗記です。
数学や物理、化学など、原理原則から理解することは大事です。しかし、高校で学習する範囲では、専門的な理解はいりません。
もちろん、目指す大学にもよります。どこまで理解するかを見極めて、身に付けることが必要です。
学者や教科ごとの専門家でもない限り、ものごとを根本から理解することはできないし、する必要もありません。
これはこうだからこうなる。それは、多くが「そういうもの」です。理解を超えれば覚えるべきですが、理解したことも暗記します。
考え方の体系も、頭に全体像として覚えます。理解は覚えやすくするために、つなげていくために必要です。
覚えたことを使う
国語も、英語も、広い意味では、すべて暗記になってしまいます。
生まれてから今まで触れてきた言葉を、覚えて蓄積します。それを駆使して、読んで問題を解きます。
理解すること、考えること自体も、その道筋を覚えるべきです。そして、難しい問題に当たったとき、それまで蓄積してきた知識を総動員します。
覚えてないと、考える時に使う土台がありません。
理解は覚えるための手段です。そして、考えるためには、覚えた知識が必要です。
その莫大な量を覚えるためにも、勉強「量」は絶対的に必要です。しかし、理解という接着剤なしで覚えても、頭には残りにくいです。
しかし、これからの学習は、その覚えたことを「なぞる」勉強ではなく、全く違う勉強になると思います。
