指導者の威厳

指導者の威厳

今回は「指導者の威厳」です。

特に、小中学生は厳しく対応して、強制的に勉強させないとできるようになりません。

当塾を開校して、約3年そのことを身に染みて感じます。

いえ、塾の仕事を二十年以上して、改めてというか分かっていることです。

令和の時代、〇〇ハラが通用しないから指導が難しい?

いえ、難しくしているのは自分自身です。自分の甘さを、時代をいいことに正当化しているだけです。

指導者の威厳

塾講師や塾長には、威厳というか、風格というか、オーラというか…が必要です。

小中学生…特に中学生は敏感です。

指導者にこわさがないと、言うことを聞かず従いません。

昔、20代の時、先輩講師から「30になるまでに、教室に入った瞬間、緊張感を与えるようになれ」と言われました。

講師が授業を始めた瞬間に空気が変わり、子どもたちも授業だと緊張して取り組む。

どんなにきれいごとを言っても、やさしく甘く接すると見抜かれて、指導が難しくなります。

優しく丁寧に教えても、甘えてできるようにならない。何度も何度も説明する。

また、宿題をするように言ってもしてこない。覚えるように言っても覚えてこない。

ひどくなると、授業中しゃべるなと言っても静かにしない。

別に怖くないし平気と見られます。

厳しい講師、塾長

これまで、数多くの塾講師、塾長を見てきましたが、この威厳を備え持つ人はごくわずかです。

5、6人でしょうか。

学生バイトも含めれば、約100人中。

当然、塾長や教室長に多いです。それだけの覚悟をもって仕事に臨み、それがだだもれします。

その存在だけで、教室や塾は締まり、教室は満席状態です。

生徒の印象は「厳しい」「こわい(怒らすと)」です。ただし、ユーモラスや柔らかさを兼ね備えています。

ただ「きつい」だけの講師は嫌われて、ついていきません。

逆に、何か弱弱しいというか、優しいというか、甘いというか、真剣みに欠けるというか…そういう講師のもとでは、空気がだれます。

教室に入ると、塾に入ると、何かだるっと感じます。そして、生徒は少ないです。

一講師には威厳はいらない?

社員講師やバイト講師で、指導がメインの人は、そこまでの「威厳」はいらないでしょうか。

塾長や教室長がしっかりしていれば、概ね大丈夫だとは思います。しっかり指導できるかです。

ただし、一斉授業でも個別指導でも、生徒に対する人として、「熱意」は必要でしょう。

令和だからこそ…

昭和や平成は、今よりはやりやすかったかも。

ただの「こわさ」「きつい厳しさ」で、時には叱責もしてスパルタが常でした。

しかし、今のご時世、きつい言動は難しいです。

時代とか関係なく、個人や塾の信念を貫くところも現存します。しかし、人気を博して生き残っているところは、少しずつシフトチェンジをしています。

このブログでも何度も偉そうに言いましたが、指導者が己を律して厳しくないと難しいように感じます。

生徒に迎合して、へらへらしてその場をやり過ごす。という時代なのかなと。

それで、評判がよく(生徒の) 生き残ったり、成果を出す塾も今は多いです。

ちょっと言葉が過ぎました。

やはり、偏屈な年寄りの戯言かも。

私自身は…

昔から「やさしい」と言われることが多いです。

この時点で、教室長や塾長には不適格です。一塾講師ならどうにか…。

勤めていた時は、ほとんどが教室長でしたが、その時は厳しい塾長の「虎の威を借る狐」に過ぎません。

長らく独立せず勤めていたのは、そのことを自覚していたからかも。

それでも、一教室長、一講師としても、へなちょこでは通用しません。

目の前の授業、生徒一人に対する指導一つ一つがそうです。

結局、仕事に対する強烈な責任感と実行力があるかどうか。

 

令和の時代に合わせて、〇〇ハラをせず、できればほめて、対話して、励ます。そのシフトチェンジはありです。

しかし、必ず塾の仕事を全うするという、切迫したものがあふれる。そのため、緊張した空間での学習になる。

生徒がやる気がないのは、指導者がやる気がないからです。