今回は「好奇心ないと…」です。
勉強って才能?頭の良し悪し?やる気?努力の継続?
努力するのも才能?やる気を出すのも才能?
また、何のために勉強するの?
テストでいい点をとる、成績を上げる、合格するために勉強?
将来、いい仕事につき、高収入をえるために勉強?
苦しいことに耐えて、努力?
…そのように勉強をとらえると、
勉強する意味がなく感じて、虚しくなり、詰む…怠ける、逃げることが多い気がします。
あるいは、高校に合格、大学の合格で終わりで燃え尽きる。
もちろん、勉強は「社会で生きていくため」にします。
将来何の仕事をするか分かりません。それら全般の基本を学ぶのが小学校、中学校です。
進学するため、就職するための手段でもあります。
そして、塾での勉強は「成績を上げる」「合格する」ためです。
それらは勉強した結果であって、そのために勉強するのは違うのかも知れません。
そもそも、勉強する原動力は…
「知りたい」という好奇心だと思います。
私自身が、小5、小6で勉強したのは、強烈な好奇心からです。理科とか社会とか、様々な事を知りたいと思い、読んだり調べたりします。
算数は…何でだろう。考えることが好きだったのか、パズルを解く感覚だったのか。
また、中学生の時、いい成績を取るためだけに狂ったように勉強します。そして、学年1位を取り、そこで抜け殻になります。
あれ?何で勉強してるんだろう、と。
当時、父親に、いい会社に入って、いい給料をもらうために勉強しろと説教されます。
それが決定的でした。勉強への関心を失います。
生徒たちを見ていると、勉強…色々なことに関心がないのかと思います。
勉強はただの苦行と思っていないか?
塾の指導がそれを助長する面はあります。でも、塾は厳しく勉強に取り組む場です。
それにしても、
「何でこうなるの?」と疑問に思い、「知りたい」と思わないと、興味関心もわかないし頭に入りません。
私はよく疑問があると、スマホで調べます。その時、生徒は我関しないと無表情です。
疑問に思わないの?知りたくないの?
好奇心がないなら、どんなに才能があっても「思考停止」です。
「何で勉強するか伝える」「勉強の楽しさを伝える」「勉強の本質をつかむ」
塾は、点数を上げる所で、そんな高尚な理念不要です。
しかし、
私自身、少しは勉強に好奇心、感心を持たせて、面白さを伝える…指導を心がけた方がいいのかも。
修行のように何時間も演習する…それは塾として正しいです。しかし、興味関心なく、ただ嫌々してもできるようになりません。
昔、中学生の理科社会を、生徒たちの興味を引きまくって、テストですさまじい点数だったのを思い出します。
当時中3生の社会(公民)の期末テストで、10人中9人まで90点以上だったことも。
今の子供たちではできないでしょうか。または、私がその「好奇心」を失っているのでしょうか。
