きつく言う orやさしく言う

最近、どこまで言うべきか考えます。なかなか覚えないとき、できない時に「きつく言う or やさしく言う」かです。もちろん、今の時代に、怒鳴ったりしません。しかし、懇切丁寧に優しく、「こうなるんだよ」と言っても、なかなかできません。

「ほめて伸ばす」「勉強の楽しさを教える」と聞くと、何か気持ち悪くて身震いします。昭和の古い人間だからでしょうか。それでも、できた時は褒めますが。

何回も間違える

中1の数学での話です。

不等式を作ったり、変域を表すときに、以上や以下のときは、≧ や ≦ と = をつけます。しかし、これを何回も間違えます。その度に、漢字の「以」があるときは、=をつけると言います。

そして、最近ですが、また間違えるので(1人だけではありません)、半ばきれます。というか、私は今まで何してたのか。教え方云々ではなく、できない時点で指導力不足です。

厳しさもなく、緊張感もない。だから、テストの点数が今一歩です。生徒さんに反発されて、退塾されるのが怖い? いやいや、そんな甘いことでは、結局塾は成立しません。

もちろん、声を荒げたりはしません。「今まで何回間違っているのか。漢字の以があるときは=つける。未満のときは、=をつけないと、何度も言ったでしょう。10回は間違っている。いい加減に、きちんと覚えなさい」という感じ?

多少、声が大きかったかも。また、逆に静かに低い声で怖かったかも知れません。

それ以降は、二度と間違えなくなりました。

やさしく言ってもできない?

問題なのは、なぜ何度も間違えるかです。間違えるたびに、懇切丁寧に説明しても、できるようにはなっていません。

私がやさしすぎて(甘くて)、緊張感もなく、別に覚えなくてもいいという印象を与えているのでしょうか。塾がぬるま湯というか、そういう雰囲気になっているなら、大問題です。

たかだか、不等号でそれですから、一事が万事です。指導の仕方を考え直すべきだと、危機感を持ちます。

厳しいって何?

かといって、怒鳴りつけたり、脅したりは良くないです。令和の時代では、塾講師が怒鳴り散らす塾は、パワハラ塾と認定されるでしょう。

しかし、今でもそういう塾はありますし、その「厳しさ」が求められていたりします。きつく言わないと、できるようにならないのも事実です。できるようにならなければ、成績は上がらず、塾は潰れます。

何度も間違えているのに、その度に「ここはこうだよ」とやさしく教えても、頭に残りません。怒鳴って恐怖で抑えつけるのは論外としても、「厳しく」言うべきだと反省します。

1つ言えるのは、塾講師自身が「自分に厳しい」かどうかな気はします。何が何でもできるようにしようと、仕事の責務を果たす意思がなければ、それは敏感な小中学生にすぐ伝わります。

一瞬で、できなくても構わない、覚えてこなくてもいいやとなります。そういう場面は、何度も見てきました。それは、塾講師自体が、できなくてもいいと思っているからです。だから、何度間違っても、へらへらしてやり過ごします。