今回は「卒塾」です。
卒塾とはあまり言わないです。
受験に合格して塾をやめることが卒塾でしょうか。
退塾と言うと言葉の響きが悪いので。
今回はそうではなく、途中での「卒塾」です。
もう塾に来なくていい
かなり昔のことですが、中学生に「もう塾に来なくていい。自分で勉強できる」と塾をやめてもらったことがあります。
あり得ません。
まず、当時は雇われの身でした。塾の売り上げをわざと減らす行為は論外です。
当時の塾長にどう報告したでしょうか。単なる退塾だと言ったのでしょう。
まさか「塾に通う必要がないのでやめてもらいました」と言うわけが…。
記憶が定かでないのですが、私の性格からいうと言ったのかも。もめた記憶はないので、そうかと済んだのか…。
その時、私はその生徒に「卒塾」だと言って、高校入試、そして高校生になっても、しっかり勉強するよう励ましました。
「塾に頼るなよ」とかも言ったかもしれません。
本人がやめたいと言ったわけではありません。
ただ、当時の私の一斉授業では、その生徒には物足りないというかムダとすら感じて、すんなり送り出します。
塾の使命
当時、まだ30歳そこそこの私は、塾は「勉強のやり方を教えて、自分で勉強できるようにするところ」と考えていました。
各単元の導入を通して、事項をきっちり理解する。そして、覚えるところを覚える。さらに、問題を解けるようになるまで解く。
その当たり前のことを、塾の指導で示していました。
塾は勉強の補佐であって、当時から塾に依存する弊害を感じていました。
また、一斉授業だったので、実際に勉強して成績を上げるのは「生徒自身」という考えでもありました。
勉強のやり方が分からなくて、自分でできないからこそ塾に来る。それができるなら塾なんて必要ない。
と、当時とがって?ました…いやひねくれていました。
理想論?
そして、長い年月が過ぎ、塾も多様化しました。
ただ、その当時の考えは、基本的には間違っていないと思います。
塾は「勉強のやり方を教える」ところです。そこに、塾は「成績を上げる」ところが足されます。そっちに偏っているかも。
昔は、成績は「生徒自身が勉強して上げる」ものだと思っていました。もちろん、そのきっかけや導きは塾がしていますので、間接的に成績を上げています。
また、「自分で勉強できる」ようにするのも、昨今多くの塾がうたっています。
授業ではなく、実際に生徒が解く、自立して勉強する。など様々な取り組みが行われています。
確かに、理想論に過ぎないのかもしれません。
今、生徒が勉強を自分でできて自立できたとします。その時、私は「卒塾」と言って送り出せるでしょうか。
また、多くの塾が、もう塾は必要ないと、その生徒を卒塾にして売り上げを落とせるでしょうか。
当時の、卒塾を宣言した若い時の私、何かかっこいいですね。
