今回は「塾のわかりやすいは害?」です。
「わかりやすく教えても、できるようにならない」「自分で考えさせろ」
耳にタコができるくらい聞かされて、ちょっとうんざりしています。何ならトラウマです。
そんなことわかっています。
塾講師をしていれば、誰しも同じように考えて、かぶれ…いえ悩みます。
そして、…
※ またまた私個人の偏った考えです。
わかりやすいは塾の武器
塾でわかりやすいは当たり前です。
塾にとって「わかりやすい」は入り口です。例えば、塾の体験授業で、塾の授業がわかりやすいかどうかで判断されます。
そして、通常の授業でも、わかりにくいと塾の時間が苦痛です。
この「わかりやすさ」をおろそかにしている塾や塾講師は案外多いです。わかりにくい塾講師は多くいます。
もちろん、わかりやすさにも様々なレベルがあるのですが、それは置いておきます。
わかりやすいを極めて「感動」まで引き上げてこそ武器になります。
※ わかりやすいと、懇切丁寧に手取り足取り教えるは違います。
わかりやすいとできるようにならないのか?
わかりやすさのレベルや質にもよりますが、それで自分で考えられなくなるは極論です。
人間の頭はそんなにやわにできていません。
すべてを懇切丁寧に、塾で肩代わりして、道筋を全部作って、教え込めば、その可能性はあります。
確かに、狭い中学範囲(公立高校入試まで) では、そういう指導の塾もあります。いや、そういう熱心な指導が多いでしょう。
百歩譲って弊害があるとしても、塾は塾の責務を果たしています。学力の底上げに大きく貢献しています。
わかりやすいから、勉強に興味をもち、自分で取り組むことも多くあります。いえ、それが塾で学習する目的では?
また、わかりやすいから、それを道標として考えることもできるはずです。
わかりやすいとできるは別
確かに、わかりやすい説明を聞いて、すぐにできるようにはなりません。
しかし、基本が分からず、身についていないと、できるようになりません。
※ わかっていなくても、量を解くことでわかるようになることは多々あります。効率悪いですが。
塾の指導や自分で勉強するときに、「わかりやすい授業、解説」と「できるようになる演習」は別でしょう。
また、演習の前に、暗記事項を覚える、類題などの練習をするなどもあります。
塾でわかりやすくて感動したの先に、できるようにする段階へ行きます。そこを塾でするのか、自宅学習するかは様々です。
わかりやすいも様々
塾はわかりやすくて当然ですが、実際にはその段階やレベルも様々です。
例えば…
① 難しいことは言わず簡単なことをいう
そう聞くと、何か良くないことに聞こえますが、これも分かりやすさの見せ方の一つです。
塾でポイントを絞り込んで見せる、効率よく学習するのは当然のことです。
② 難しいことを簡単に言う。
これこそが高度なわかりやすさです。
具体的な例におきかえる。図に書いて示す。難しい用語を使わない。など色々なやり方があります。
私自身は「わかりやすい」が命だと思い、精進してきたつもりです。
「できるようにする」は別のことですが、そこにつなげるようにします。

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