共通認識~一斉指導

共通認識~一斉指導

今回は「共通認識~一斉指導」です。

特に中学生で、一斉指導(集団指導) で得られるのが「共通認識」です。

他の言い方をすると、「共有」「共感」とも言えます。

 

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中学生は一斉授業で定着

 

「演習塾」の不確かさ

当塾の中学生は「演習」中心です。

授業を受けるのでなく、実際に生徒が解いて力をつけます。

その方針は間違っていませんが、ばらばらになり一連の不確かさを感じます。

私自身が一斉指導の経験が長いせいもあります。

すなわち、全体で同じ方向向いて指導しないと、爆発的には伸びないと感じます。

共通認識、共有

なぜそう感じるのか?

それは「共通認識」がうすいからです。

全体授業の中で、ともに学んだことが「共有」できにくいです。

「あの時したよね」「確認テストにあったよね」…という意識が弱いです。

個別指導や演習では、それがなく何か弱い気がします。

一斉指導でこちらが引っ張って、「共有」を増やすことが必要では?

全体でしないとダメ?

学年、教科、学力により差はあると思います。

一般的には、偏差値55~60以上でないと、一斉指導は難しいと言われています。

しかし、逆なんじゃないかと。

平均以下の中学生こそ、全体で強制的にしないと伸びないのではないか。

その理由は…

個別にすると、学習量が圧倒的に少ない、強制的に暗記させられない。

いわゆる一斉授業にこだわらず、同じ学年を一度にすべきではないかと。

当塾が、時間フリー、一度に複数学年など自由にしているからこそ、学習が散漫な印象を受けます。

理科、社会か?

数学はそれほど感じません。

導入から演習まで個々でいいかなと。いえ、個々にすべきかなと。理解力と解く速さが違い過ぎます。

英語は…文法は「共有」すべきかなと。be 動詞、一般動詞といった用語が浸透します。

ばらばらだと、be 動詞って何?ということも起こりえます。

理科と社会かな。導入授業から確認テストまでの「共有」がかなり強力ではないか。昔そうでしたから。

※ 当たり前ですが、学年ごとに曜日分けないと「共有」は難しいです。

ただ解くだけという印象

演習塾もそうですし、自立型塾だと、ただ解いているだけ。自習しているだけ。という印象を与えかねません。

同じ学年で、あるいは塾講師と「共通意識」がないと、別に塾でなくてもと感じます。

塾に来て、学年バラバラで、ただプリントを解いて、講師とのコミュニケーションも薄く、寂しく帰っていく…

当塾でも、そういった印象を与えて、共有するものが少ないとなりかねません。

今は、できるだけ導入を全体でして、理科と社会の確認テストで「共有」を目指しています。