勉強は量だけど時間ではない

勉強は量だけど時間ではない

今回は「勉強は量だけど時間ではない」です。

勉強は量

勉強には絶対量が必要です。

才能とか頭の良さとか、限界まで突っ込んで勉強して、初めてあるかないか分かります。

そして、どんなに才能があっても、勉強をしないと眠ったままです。

同じ時間で勉強量が違い過ぎる

さて、当塾では中学生は1日3時間学習ですが、その勉強量の差はえげつないです。

2倍程度の話ではありません。その凄まじい差を今まで何度も目撃します。

演習中心だと仕方ない面はあります。解ける生徒はどんどん解くし、解けないとこちらが助けないと進みません。

また、本人のやる気や、性格もあり、速くする子とゆっくりする子がいます。

そこに流れている時間軸は同じと思えません。

例えば…

3時間で、ワークを3ページもいかない生徒もいれば、10ページ以上こなしまくりの生徒もいます。これを目の前にすると、追いつき追い越せるわけないと感じます。

もちろん、勉強ができるできないで差がつきます。

ですから、勉強時間3時間でも、生徒により勉強量は同じではありません。

同じ時間で定着が違い過ぎる

さて、たとえ同じ時間で同じだけの量ができても、その成果には差が大きく出ます。

その勉強で、できるようになり定着するのと、理解できずできるようにならないのでは天地の差です。

問題が解けない、覚えてられていない場合、さらに勉強量が必要です。一方、定着するとそれ以上の勉強はあまり必要ありません。

その差は何から生まれるのでしょうか?

もちろん、勉強ができるできないの能力の差、教科の得意不得意もあります。

そこには、勉強の仕方がかかわると思います。

すなわち、何をどのようにしたか。あるいは、どれくらいの間隔を開けてしたのか。はたまた、指導者がどう指導したのか。

さらに、テストはしたのか。覚えるテストをしたのか、できるかどうかの確認テストをしたのか。できるまで何度もテストをしたのか。

意識と考えるかで違い過ぎる

同じ時間で、格段の差が出るのは、意識と考えるかの差も大きいです。

まず、勉強する意識。

覚えようとしないと、分かろうとしないと、できるようになろうとしないと差が激しく出ます。

あいまいな表現では、「やる気」があるかないか。

そして、能動的か受動的か。自分から勉強するのと、塾や予備校の指導を受け身でするのは違います。それは、授業を聞くだけでなく、塾での演習、個別指導も含めます。

それらの、やらされた勉強、受け身の勉強は、自ら進んでする勉強とは違います。

目的意識を持って…難しいことではなく、自分から勉強するかどうかで、「時間」は数倍の差が出ます。

一番重要なのは、勉強する時「考える」かどうか。

考えることはしんどいです。考えず作業で勉強を流すと、長時間勉強してもただしただけとなります。

勉強のやり方により違い過ぎる

そして、勉強のやり方によっても、大きく勉強量は異なります。

まずは勉強をしなくては始まりませんし、量をこなさなければいけません。

しかし、時間をかければいいわけではありません。10時間勉強したと満足しても、それで身についていないならムダです。

勉強の仕方については、当ブログで何度も取り上げました。

多くは、みんな知っていることです。新しいことを学んで(授業を受けて)、理解する。覚える。問題を解く。

覚えるまで、何度も覚える。それには、自分で確認テストを作って、それを満点取るまでするが最強です。

そして、解けるまで解く。復習です。

ただし、中にはこの基本的な勉強の仕方すら知らない、身についていない人も数多くいます。

 

👇過去の記事

勉強の仕方・超基本①

勉強の仕方・実践編①

 

自ら勉強することで、自分に合ったやり方を見つけていきます。または、良さそうなやり方をまねしてもいいでしょう。

しかし、「勉強の仕方」は多くは、その人個人の経験に基づくやり方です。塾の場合は、多くの生徒を指導しての方法論なので、多少は汎用性があるかもしれません。

それは、当ブログでもそうです。

やり方に縛られる前に、自分の脳に汗かかいて考え抜く。その上で、覚える、問題を解けるようにする。

もちろん、覚える、問題を解けるようにするには、絶対的勉強量は必要です。